Posted on: 2020年9月7日 Posted by: kepro-keio Comments: 0

〈Part 1 プロフィール〉

経済学部3年次にシンガポールのSMUに交換留学をして、ビジネスを軸に外交、歴史、スマートシティを学ぶ。大学卒業後、富士フイルム株式会社にて勤務。医療機器の海外営業部門にて販売管理およびマーケティング活動を行なっている。

①卒業後から今に至るまでどんなキャリアを歩んできましたか?

現在は社会人2年目で、医療機器のメーカー社員として医療の領域に従事し、海外向けにマーケティング事業を担当しています。この部門を選んだ理由は、海外と接する機会が多い仕事がしたいと考えていたからです。現在は特に、コロナの影響で医療機器の需要が高く、忙しい毎日を送っています。海外市場の売上、利益に責任を持つポジションにいるため、明確な成果を求められ、プレッシャーは大きいですが、充実した日々を過ごしています。

②学生時代はどんな学生でしたか?

交換留学を軸にいろいろなことに挑戦した学生生活でした。3,4年次の三田ではKEPROの活動だけでなく、就活支援のためのプロジェクトで多くの学生と関わったり、東京青年三田会という学生団体の立ち上げをしたり、大学の授業の補佐にも携わっていました。

 

〈Part 2 留学について〉

①留学に興味を持ったのはいつ頃のことですか?

高3の2月です。高校でラクロス部に所属していましたが、大学で新たなことにチャレンジしたいと決意し、父親が海外に長期間滞在していたこともあり、留学を目指すことにしました。

②何故シンガポールなのですか?

生まれた場所がシンガポールのため、将来はシンガポールで仕事をしたいという気持ちがありました。もう一つは、シンガポールは東南アジア経済圏のヒト・モノ・カネ・情報が集まってくるハブ国家であるからです。

③留学するにあたって、どのような対策をしましたか?

大学1年次からトフルのライティングやスピーキングのフィードバックをもらうために留学対策塾に通っていました。他にも、英語で開講している授業を履修したり、外部の留学フェアに足を運んだり、留学報告書から、10人以上の先輩方に会ったりと情報収集も積極的に行っていました。大学の授業では、「留学準備」というものや、ヒアリングのための授業、GICの授業など留学に特化したものを履修していました。

④留学先でどんなことをしましたか?

学問においては、アジアをテーマにしたビジネス、外交、歴史、文化、スマートシティについて学んでいました。ビジネスだけを学ぶならインターンの方が良いかもしれませんが、せっかく交換留学をしているので幅広く学びました。

課外活動は、日本語クラスの運営、お掃除ボランティア、ダイビングなど活動的に行っていました。日本語クラスでは週に1回2時間、約8ヶ月に渡り担当し、英語で授業を進行するため、リスニング&スピーキングの練習になりました。お掃除ボランティアでは、一人で生活されているご高齢の方の家の掃除を行い、現地の生活スタイルについて学ぶことができました。留学中にマレーシアで資格を取り、プーケットやスリランカの海でも潜るという貴重な経験もしました。

←日本語クラスでの集合写真

 

 

 

 

 

 

〈Part 3 留学がその後の人生に与えた影響について〉

①留学中、つらかった経験についてお聞かせください。

辛かった経験としては、留学中に就活と両立することです。留学をしにきているのに就活する心の迷いや自分との戦い、プレッシャーがありました。

その中でも心の支えとなったのは、留学している日本人の仲間たちです。絶対に両立するという強い思いと、時には互いに仲間たちと相談に乗り合うことで、乗り越えることができました。

他にもすべての授業でグループワークやプレゼンテーションが必須で求められ、ついていくことにやっとでした。語学の面でも厳しい中、留学生として決して足手纏いにならずチームの一員として認められるよう、自分が出来ることは何か模索し行動を重ね、信頼獲得に努めました。

 

②留学してよかったと思う理由・留学したことによるデメリット(もしあれば)

良かったと思う理由は3つです。

1つ目は、自信がついた事です。友達もおらず正解がない中で、チャンスを掴みに行く経験を重ね、きつくてもやり切るバイタリティが身につきました。

2つ目は、これは就活にも通じていますが、日本人としてのアイデンティティを強く意識するようになったことです。慶應の留学生はアメリカやヨーロッパに行く人が多いですが、私は日本と同じアジアに行きました。だからこそ、日本人をより意識することが多かったように感じます。シンガポールでは、日本から来たというと“which part?” と返してくれます。欧米では日本人としてよりも、アジアから来た人という認識になりがちなのでそういう風にはならないと思います。

就活に影響を与えた経験として、Asia Pacific Businessという授業のなかで日本が培ってきたモノづくりの底力やイノベーションの在り方を改めて再認識しました。この経験から、日系グローバルメーカー勤務を一つの進路に希望しました。

3つ目はトモダチが世界中にできたことです。これは人生の財産と言えます。短期の留学だとなかなか得られないでしょう。

←お掃除ボランティアで知り合った友人たちと

デメリットは、強いて挙げるなら、タイミングによっては就活との兼ね合いが難しいことです。留学をしていなければもっと選考を受けられた企業もありました。しかし、これはトレードオフと考えています。留学しなかったらできたことはもちろんあるけれど、留学しないとできなかったこともある。私は120%留学して良かったと思っています。留学の時期についてですが、3年での留学は結果的に良かったと思っています。なぜなら、いろいろな準備や勉強、考えを持って留学に臨めたからです。

 

③帰国後の遡及進級や就活について

3年に進級し、当時取り組んでいたアルバイトや部活のコーチを辞め、留学準備と就職活動に舵を切りました。4年で卒業して最後に両親に親孝行をするためには遡及進級することと内定をもらうことの2つの壁を乗り越える必要がありました。こうして就活をする中で「行くべき会社は一社じゃない」ということを感じています。ここじゃなきゃいけないという明確な理由は人によってはあるかもしれません。でももう少し視野を広げてみてほしいです。軸が決まっていれば自ずと複数の選択肢が見えてくるはずだと思います。

 

④実際に仕事をしてみて感じたこと

・自分にとっての「グローバルに働くとは」

今の仕事をしていて、英語を使って海外のお客様と仕事ができているので、やりたいことはできていると感じます。一方、真の意味でグローバルな環境かと言われると疑問を感じることもあります。私がいる部署は50人全員が日本人、(良くも悪くも)日系大手らしいカルチャーが色濃く残ります。将来像としてマルチナショナルな環境で多様性を束ね、事業や組織をリードできる人材になりたいですね。

・やりたいことよりできること

やりたいことがある人は素晴らしいと思います。しかしそれよりも自分の強みを生かした方がいいと感じています。就活時には、業種で選ぶか職種で選ぶかという軸がありますが、多くの人は業種で選ぶ人が多いと思います。しかし、働いてみると、実際は職種の方が、実生活につながっていて大事な軸なのではないかと感じています。この点を、自分の向き不向きと照らし合わせるために、インターンシップや先輩の話を聞くなどして積極的に行動に移してほしいと思います。

・違和感こそ真意、それを活力に変える

私自身グローバルな環境や業務内容にモヤモヤを感じる時がありました。仕事へのモチベーションとは別に今もその感覚を持つことがありますが、それは自然なことです。必要なのはその違和感に真摯に向き合い、自らの成長にどう繋げていけるかを考え、前向きに行動していくことだと僕は思います。実際やっていることと思っていたことが違うことはよくあります。それをそのままにしないで、次を考えることが大事です。

〈Part 4 塾生へのメッセージ〉

留学を志す塾生へのメッセージ

・「為せば成る」

私の大学4年間そして留学生活を通じて、身に染みて伝えたいメッセージです。行動を恐れずやりたいことを見つけ、軌道修正しながら目的の実現のために勇往邁進することができれば、どんなことも成し遂げられると、本気で思います。苦労もたくさんあるはずですが、為せばきっと交換留学も実現できるはずです。皆さんのひたむきな努力がpay offすることを心から応援しています。

・「留学がすべてじゃない」

自分の限られた時間をどこに使ってどこに力を注ぐかも様々な選択肢があります。留学はその一つであるだけで、ほかにも多様な選択肢があるのでぜひ行動一つで視野を広げていってほしいです。留学経験者の一人として交換留学は全力でオススメするし経験できて良かったと思いますが、達観するとべつに留学が全てというわけではありません。振り返った時に「ああ良かったな」と思える選択をすること、が最も大事なのだと思います。

・「恩送り」

最後に、交換留学とはゴールではなくプロセスです。留学を実現させる道のりの中で自分だけが感じ、自分にしか語れないリアルな経験をぜひ私たちの次の世代に繋げていって欲しい。こうして立ち上げた公認学生団体KEPROはその色褪せない理念のもと、pay forwardの想いで一人でも多くの学生を支援して参ります。